消費税の増税議論

2012/05/07 月曜日

消費税の増税議論の中で、消費税に関するいくつか気になる言説を見かけた。

いわく、「消費税の増税は輸出業者にとって得になる」「消費税の増税は雇用を減らし派遣を増やす」「中小企業は消費税を転嫁できない」というものである。

以下、検証してみる。

 

1.消費税の増税は輸出業者にとって得になる

輸出の多い事業者では、輸出売上が免税であるために申告によって消費税は還付される。還付額は、消費税の税率が倍になれば倍になる。

したがって輸出業者では税率が上がれば上がるほど還付額が増えて得をする、というわけだが、本当だろうか?

上記の例では、税率が5%から10%に上がることにより、消費税の還付額は10から20に増える。

一方、企業の損得を示すP/L(損益計算書)は税率が5%でも10%でも100で変わらない。また、CF(キャッシュフロー)も消費税が還付されることで同額となる。

つまり消費税の増税は輸出業者のP/L及びCFには結果として何ら影響を及ぼさないということである。

還付額が増えるのは支払った消費税(仮払消費税)が増えたからであって、申告によってそれが清算されただけの話である。利益にはならないのである。

 

これは輸出業者に限った話ではない。

通常、国内売上が中心の事業者では消費税は納税となるが、税率が引上げられると納税額はそれに伴って増える。しかし、P/LやCFは増税前と比べて変わることはない。

このように消費税の税率の引上げは直接的には事業者の損得に影響を与えることはない。

ただし、消費税の増税が国内消費の縮小をもたらし、事業者の国内売上を減少させる可能性はある。また、転嫁が十分に行われないような場合(3.参照)にも、事業者の損得に影響は出る。

が、いずれにしても消費税の増税によって自動的に輸出業者が得をするという話にはならない。

 

2.消費税の増税は雇用を減らし派遣を増やす

消費税の納税額は、付加価値に消費税の税率を掛け合わせた額と一致すると言われる。すなわち消費税は付加価値税としての性質を持つ。

給与などの人件費は付加価値の一部となるが、労働者派遣に係る派遣料は付加価値を構成しない。

消費税の税率が上がると付加価値の大きい事業者ほど納税額が増えるので、事業者は付加価値を減らすために雇用(人件費)を減らして労働者派遣に切り替えるというわけだが、本当だろうか?

雇用100%のケースと派遣100%のケースを考えてみる。

税率が5%から10%になると、納税額はいずれの場合でも倍になるが、増額幅は雇用(15=30-15)の方が派遣(5=10-5)よりも大きい。

しかし、P/L及びCFは増税前後でいずれの場合でも変わることはない。

すなわち雇用と派遣では、納税額や税率が変動した時の変動額に違いはあるけれども、事業者の損得には影響がないということである。

つまり、消費税の税率が引き上げられることをもって、事業者が雇用から派遣に切り替える意味は全くないと言える。

 

上記1.及び2.のような誤解は、担税者(税の負担者)納税義務者の混同によるものである。所得税などの直接税とは異なり、消費税などの間接税では担税者(=消費者)と納税義務者(=事業者)は一致しない。消費税の納税義務者からすると、自らが納付する納税額や自らに還付される還付額の大小は自らの損得には一切影響しないのである。

 

3、中小企業は消費税を転嫁ができない

中小企業では、消費税の増税の際に値上げ(転嫁)しようとすると消費者に売れなくなったり、取引先との力関係で値上げを認めてもらえない、という話がある。これは実際にあり得る話である。

しかし、これらは市場における価格競争力や取引先との価格交渉力に係る問題であって、自由競争の市場経済においては消費税の増税がなくとも企業が日々直面する経営上の課題だとも言える。

消費税の増税がそうした価格競争等のきっかけを作ることはあっても、法的に値上げ(転嫁)が禁止されているわけではなく、逆に、もし取引先が値下げ等の強要をするのであれば、それは下請法等に抵触する行為になるはずである。(そういえば「中小企業いじめ防止法案」なるイカれたイカした名前の法案は今いずこ…)

 

消費税の増税の際には、むしろ非課税業者における、いわゆる損税の問題がある。非課税業種では、支払った消費税を輸出業者のように申告によって取り戻すことはできない。

その分を価格に上乗せすることができれば良いが、医療機関などでは非課税となる社会保険診療報酬について自由に価格設定することができず、医薬品などの仕入に係る消費税の増税分の負担を強いられることになる。

下記の例では、税率が5%から10%になることで、企業の利益は90から80に減ることになる。

消費税率の引上げは、益税と共に損税の額も拡大させる。

“全体で見れば行って来い”と割り切るのか(割り切られる損税業者は堪らないが)、それともこれを機に消費税制において持ち越されてきた課題に本格的に着手することになるのか、今回の増税議論における一つの注目点でもある。

 

(望月)